E. Costello : I believe in what does not need to believe in me.──J. M. Coetzee

2017/12/27

パリジェンヌ展/世田谷美術館

さあ、来年のイベントです!

 年明け早々の1月13日から、世田谷美術館で「パリジェンヌ展」がはじまります。ボストン美術館からやってくる美術品の数々が展示され、それが「1715年から1965年までの、文化の首都で描かれた女性たちのポートレート」とはまた、興味津々です。


所蔵がボストン美術館というところが面白い。つまり、アメリカ東部にもっとも古くから建設された都市ボストンが所蔵してきた「パリ」をめぐるあれこれなんです。

 新世界の植民地アメリカがイギリスと戦争をして独立したのが1776年、そのアメリカがヨーロッパ、とりわけフランスの「文化の首都」をどう見てきたか、独立の少し前から20世紀半ばまでの、彼の地への屈折した「あこがれ」の視線がどうあらわれているか。そしてそれは、とりもなおさず、東アジアにある日本社会が近代以降、追いかけてきたヨーロッパへの憧れの視線と重複するのかしないのか。これはもう見どころ、考えどころがたっぷりありそうです。

 イベントもいくつか開かれ、光栄にも、『鏡のなかのボードレール』の筆者にもお声がかかりました。2月24日のトーク・イベントに顔を出します。

 <褐色の肌のパリジェンヌ──エキゾティシズムが生んだミューズたち>
  2月24日(土曜日)14:00~15:00 世田谷美術館講堂
  話:くぼたのぞみ、聞き手:キュレーターの塚田美紀さん、です。
 
 19世紀最大のロマン派詩人といわれるボードレールのミューズ、ジャンヌ・デュヴァルは褐色の肌をした女性でした。時代が下って、アメリカで徹底的な差別を受けたミズーリ州セントルイス生まれのジョセフィン・ベイカーは、パリへ渡って大成功をおさめたアフリカン・アメリカンの女性。そのベイカーが「エキゾティシズム」による「美のオブジェ」として、当時のパリでいったいどんなパフォーマンスをしたか、やらされたか。
 彼女は「ブラック・ヴィーナス」の異名をとり、最後はフランス国葬になりました。そんなベイカーの姿もこの展覧会には姿を見せています。

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メモ:ボストンは1630年にイングランドから来た清教徒たちの手によって築かれた古い町。そのボストンで起きた茶会事件をきっかけに、アメリカが独立戦争を経て宗主国イギリスから独立したのが1776年。フランスの植民地だったルイジアナをナポレオン・ボナパルトから破格の値段で買い取ったのが1803年。奴隷制度を廃止したのは南北戦争(1861~65)後の1865年とされるが、実際の差別は延々と残り、南部ではリンチが後を絶たず、1960年代の公民権運動、ブラックパンサーの運動、アファーマティヴアクションなどで徐々に改善されてきたとはいえ、負の遺産はいまも続く。