2017/02/28

ミア・コウト『フランジパニの露台』抄訳しました


気の早い予告です。まだひと月も先のことなんです。でもいわずにいられない/笑。

 モザンビークの作家、ミア・コウト(1955~)の作品を抄訳しました。1996年に出た『フランジパニの露台/A Varanda do Frangipani』から第1章「死んだ男の夢」です。

 訳したといっても、原著はポルトガル語で書かれていますから、わたしには手が出ません。デイヴィッド・ブルックショーが英語に訳した『Under the Frangipani』(2001)からの重訳で、ひと月ほど先の、4月初旬発売の「すばる 5月号」(集英社)に掲載される予定です。

 この作品を読んですっかり魅了されたのは、アフリカ南部に共通する世界観のようなものが色濃く出ているからです。でも、そんなことをいったらコウトのほかの作品だってそういえる、と反論が返ってきそうですが、とくに「カメレオンが神さまから人間に永遠の生命をさずけるというメッセージを運んでいくうちに手間取って、そのうち神さまの気が変わって反対のメッセージを伝える使者が出されて……」という話がふいに出てきて、あ、これはマジシ・クネーネだ、あの「ズールーの創世記神話」の骨格になった話型そのままだ、と思ったのがこの作品をまずとりあげた理由です。

 あれは必ずしもズールー民族に固有の神話ではないかもしれない、アフリカ南東部に住み暮らす人たちには、多少の違いはあっても、広く共通する世界創生の神話かもしれない、と思ったのですが、とにもかくにもそれが大きな収穫です。偏狭なナショナリズムは「俺たちに固有」という言い方をやたら強調したがるけれど、じつは周辺にいる複数の民族のあいだで共有されてきた話が多いのではないかと。でも、じつはこの本にはエピグラフに「シャカ」のことばも引用されています。ズールー民族の武勲のほまれ高い英雄です。ということは……?!

本来ならポルトガル語に達者な方が直接、原語から翻訳すべき作品だと思いますし、ミア・コウトが日本の文学圏に紹介されるべき作家であることは間違いないのですが、待てど暮らせどそんな知らせが聞こえてこない。それで、しびれを切らして試訳しました。
 あらためて思ったのはミア・コウトは詩人なんだということと、環境生物学者であること、です。かならずといっていいほど作品に動物が出てくる(フラミンゴとかライオンとか)。動物と人間の不可分の関係が(これこそ「アフリカに固有の」といえる?)摩訶不思議な話となって紡がれていきます。
 たとえばこの『フランジパニの露台』では「ハラカブマ」と呼ばれる「センザンコウ」が大きな役割を演じます。背中がびっしりと鋭い鱗でおおわれた哺乳動物です。蟻を食べる。くるりとまるくなる。検索するとたくさん写真も出てきますが、作中ではこの「鱗」が暗示的に、効果的に使われています。

 解説に「白い肉体、黒い魂」というタイトルをつけました。この作品の英訳にある故ヘニング・マンケル(スウェーデンの著名な作家、児童文学者)の前書き「White Body, Black Soul」からいただいたタイトルです。これはフランツ・ファノンの『黒い皮膚、白い仮面/Peau Noir, Masques Blancs』を意識したものでしょうね、きっと。

 ミア・コウトについては、じつはここでも触れました。ブエノスアイレスのサンマルティン大学で、J・M・クッツェーが年に2回開いている「南の文学」講座に、昨年、南アフリカのアンキー・クロッホといっしょに、講師として招かれていたのです。
 まあ、とにかく本邦初訳です。「すばる 5月号」、ぜひのぞいてみてください。

2017/02/20

映画『レッド・ダスト』をDVDで観る

ひっさしぶりに映画を観た。DVDをPCで。それも何年も前に買ってあったDVDだ。そして、いわく因縁つき──というのは古いPCのドライヴに入れたところ取り出せなくなって、そのままDVDはマシンともども、昨年永遠の眠りについて、結局、新しく買い直したディスクをやっと観たのだった。いや、これが予想以上に面白かった。

南アフリカの真実和解委員会の話である。ジリアン・スロボ原作の小説を映画化したものだけれど、制作の途中でスロボは手を引いてしまったという話だけは耳にしていたので、これまたいわく因縁つきの映画だ。
 ジリアンの父はジョー・スロボ、母がルース・ファースト、いずれも70年代から「超」がつくほど有名な白人の反アパルトヘイト活動家だった。ジョー・スロボは南アフリカ解放後のマンデラ政権で1994-95年の短期間、大臣を務めたりしたが、ルース・ファーストは国外に出てモザンビークで活動していた80年代に、アパルトヘイト政権のセキュリティ・ポリスが送りつけた手紙爆弾で殺されたのだ。その実行犯が真実和解委員会で恩赦によって罪を問われなかったという経験をもとに、娘のジリアン・スロボは小説を書いた。それがこの映画の原作になった『レッド・ダスト』だ。
 
 映画は監督がイギリス人のトム・ホッパー。主演がチウェテル・イジョフォーとヒラリー・スワンク。ロケが東ケープ州のヒラーフ・ライネットで行われている。グレート・カルーの赤土の風景や、当時のANCの解放歌などが、90年代の雰囲気をそのまま伝えているように思える。

 当時の真実和解委員会の詳細については、もちろん、ジャーナリスとであり詩人でもあるアンキー・クロッホの『カントリー・オブ・マイ・スカル』の右に出るものはないけれど、映画はまたそれとはちがうものを圧縮したかたちで伝える手段だから、これはこれで面白かった。それにしても原作の小説は2000年、映画は2004年に出ているのだから、ずいぶんと時間が過ぎてしまったものだ。いや、時間が過ぎたために、かえって感情ぬきで記憶をパンフォーカスして理解できるところがある。それもまた面白い事実かも。


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2.22付記:facebook でつぶやいたことをこちらにも備忘録のために──

南アフリカのアパルトヘイト政権下で、反体制派だというだけで逮捕され、拷問されて死んだ10代の若者をめぐる「真実和解委員会」のやりとり。そのやりとりをめぐって、当時の警察官とその上司がどんなことをしていたかがあきらかになっていく。田舎町で起きた事件、すさまじい拷問だ。アフリカーナ抵抗運動という白人極右派のふる旗がナチの卍の変形模様であることも思い出した。米南部でつい先日もふられていた旗にそっくりな。。。。
昨日この映画を観ながら、これは過去のことではなく、あるいは、これからの日本(戦前の日本も)、これからのアメリカ(これまでも、南部で起きたリンチ)など、もっぱら「これから」の世界が直面する(見えない状態のまま?)ことではないかと背筋が凍る思いに何度か襲われた。
アパルトヘイトと拷問が、世界中を取り巻く時代がやってくるのだろうか」

2017/02/14

JMクッツェー 『ダスクランズ』訳了!

JMクッツェーのデビュー作『ダスクランズ』を訳了した。ふうっ!

 衝撃のデビュー作とはこのことか、と何度もつぶやきながら訳した。とにかく、30歳になる寸前のジョン・クッツェーが一大決心をして、作家になるべくバッファローの借家の半地下にこもって書きはじめた短編「ヤコブス・クッツェーの語った話」と、南アに帰国したころの、32-33歳のクッツェーが、一冊の本としてもうすこし長くするためさらに書き足した短編「ヴェトナム計画」。
 この二つのノベラが、たがいにゆるやかな連結で──とクッツェーさんご自身はおっしゃるが、どうしてどうして、18世紀の南部アフリカを、象狩りと称してどかどかと侵略していく文盲の「野蛮な」ヨーロッパ人の強烈なナラティヴと、ヴェトナム戦争時の米国で、エリート青年が心理戦にかかわり神経をすり減らして発狂していくプロセスは、東アジアの列島に住む者が現在の視点でながめやると、たがいに緊密に連鎖し、強く引きあっていることが、びんびんと伝わってくる作品である。

 ここまで書くか、こんなふうに書くか、すごいやと。デビュー作にはその作家のすべてが出る、という定説がやっぱりこの場合もばっちり当てはまりそうだ。

 キーワードは、エピグラフに使われたフローベールのことばにあるるように「歴史の哲学」。初訳が出た1994年には見えなかったことも、いまは明らかになっている。だから解説はしっかり書く予定だ。

2017/02/13

雑誌「FIGARO japon」の書評『アメリカーナ』がここで読めます

雑誌「フィガロ・ジャポン 3月号」に掲載された『アメリカーナ』の書評がネット上で読めるようになりました。

評者は藤井光氏。

『アメリカーナ』が描く、本当の自分を見つける旅。

こちらです。

ハード・トークでのアディーチェ

記録のためにシェアしておこう。

 2014年6月、チママンダ・ンゴズィ・アディーチェがBBCのスタジオで、司会のスティーヴン・サッカーからかなり突っ込んだ質問をつぎつぎに浴びせられている。映画『半分のぼった黄色い太陽』がなぜナイジェリアで上映されないかとか、ナイジェリア東部でまだ行われているというFGMについて、あるいは北部の貧困とボコ・ハラムとの関係などなど。しかし彼女は、そんな厳しい質問にも微動だにせず、さっと切り返して答える。快挙というしかない。

2017/02/09

JMクッツェーのインタビュー by CBCラジオ

今日は、ジョン・クッツェーの77歳の誕生日だ。Happy Birthday, John!

 クッツェーのインタビューがYouTubeにアップされていた。カナダのCBCラジオが行なったもの。もともと2時間ほどのとても長いインタビューから、『鉄の時代』と『夷狄を待ちながら』についてクッツェーが述べている部分をピックアップしている。2000年のインタビューだから、声が、なんとも若い。

 あれからすでに長い年月がすぎた。2000年を転機として、クッツェーは作風を大きく変えた。Please enjoy it!