Elizabeth Costello : I believe in what does not bother to believe in me.──J. M. Coetzee

2016/10/03

藤本和子さんの、翻訳をめぐる名言あれこれ

昨夜ふいに、8年前に書いたブログの再掲を思いついた。
 つい最近、村上柴田翻訳堂から『チャイナ・メン』(新潮社)として復刻されたマキシーン・ホン・キングストンの翻訳者、藤本和子さんの、いくつかの名言をめぐるものだ。

「ゲラが火事になった!」
「翻訳はコンテクストが生命」 

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*翻訳をめぐる名言「ゲラが火事になった!」

 1980年代なかばだったでしょうか、いや、1990年代初めだったかもしれません。その人の口からじかに聞いて以来、翻訳に対する心構えとして、肝に銘じていることばがあります。

 それは、1975年にリチャード・ブローティガンの『アメリカの鱒釣り』を訳し、斬新な翻訳文体で日本の翻訳文学にまったく新しい風を吹き込んだ、藤本和子さんのことばです。

「翻訳はどのようなコンテキストで紹介されるかが生命」

 だから、解説はとても重要な要素ということになるでしょうか。
 2008年5月に青山ブックセンターで行われた岸本佐知子さんとのトークショーで、新潮文庫に入った『芝生の復讐』について語りながら、「ゲラが火事になった」とおっしゃったのが印象的でした。つまり、朱が入って真っ赤になったという意味です。「だって、間違いだってわかったものを、訂正しないわけないはいかないでしょ」とも。
 文庫化にあたって、あの大先輩の翻訳家は、細部におよぶ微妙な朱入れを、徹底的にやる姿勢をいまも崩していない。その真摯な姿勢は感動的でした。(2008.9.19)

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藤本和子さんの「ゲラが火事」は、拙訳を読み直すときいつも肝に銘じることばです。

「だって、間違いだってわかったものを、訂正しないわけないはいかないでしょ」──はい。その通りですよね。

 これは昨年12月、東京外語大で開催された岩崎力先生の仕事をめぐるイベントで耳にしたことにも通じます。岩崎先生は、ご自分の翻訳を出版されたあとも、版を重ねるたびに、何度も訳文に手を入れていたそうです。 やはり! 名訳は一夜にしてならず! なんですね。