2015/08/20

パウル・クレーと夏日記(17)──跳ぶ人

「Jumper」とタイトルにある。跳ぶ人。飛び跳ねる人。バッタ人間か。翻訳をしていると、ことばとことばの間をひょんと跳んでいる感じはつねにあって、この「跳ぶ人」はそんな気分を映し出す。さて、夏日記は今日でおしまい。クレーってやっぱり秋か冬に向いている絵が多い。絵が、濃いのだ。



 でもよく見ると、この絵に描かれているのは、うまく飛べなくて、両手をあげてギヴアップしている姿にも見える。適切なことばがみつからずに、じたばた手足を動かしている翻訳者の姿かも。見る側の気分しだいで、そんなふうにも見えてしまうところが面白い。
 そして、やっぱり「赤」が入るのだ。クレーって、必ず絵のどこかに「赤」があることを、今回の日記で再発見した。

 ことばのソリディティについて考えつづけたい。噓や詭弁で言い換えられない、脈絡をもったことばの連なりについて。明快で、明晰で、凛とした硬質なことばについて。そしてどこかに、ぽっちりと暖かい「赤」が入ることばの束について。

2015/08/19

パウル・クレーと夏日記(16)──虫の音を聞きながら

日中はじりじりと暑いけれど、この時間になるとひんやり心地よい風が窓から入ってくる。虫の音がしきり。いつのまにか、蝉と交代している。

 ひんやり微風につられて、ついつい、遅くまで仕事をしてしまった。今日の締めくくりは、またクレーに戻ろう。涼しげな青。深い青。


 夏ももうすぐ終わる。日記ももうすぐ終わり。だって、北で育った者にとって、「夏休み日記」はいつだって8月20日までなんだから。21日は始業式だ。秋はすぐそこ。

2015/08/18

さあ、今年もカナディアン・ロッキーへ

昨日に続いて、今日もまた残暑厳しく、クレーはお休み。
今日もぐんぐん進みました。
そこでちょっと涼しく。カナダのブライアン・スモールショーさんの写真です。



2015/08/17

カルーのキター・ブルース

今日も進んだ。ちょっと涼しくなった分、ぐんぐん進む。
あい間に、ケープタウン大学の夏期講座のために、クッツェーが南西アフリカやナマクワランドで19世紀末から20世紀初頭にかけて起きた虐殺事件をめぐるテクストを朗読しているのを聴いた。8月2日に放送されたもの。

ここで聴けます! 全体で45分くらい。クッツェーの話はもっと短い。

 講義の中身はナミビアにおけるドイツによる征服への抵抗:ヘンドリック・ヴィットボーイの手紙/Resistance to German conquest in Namibia:  the letters of Hendrik Witbooi by JM Coetzee」。ドイツによるヘレロ民族の大虐殺の歴史的事実をヘンドリック・ヴィットボーイの手紙を詳細に見ていくことで、解明していく。
 ナマクワランドの音楽、ナマクワランドの歴史。クッツェーの最初の作品『ダスクランド(ズ)』との関連性が高い、と解説者もいっている。やっぱり最初に戻っていくのだ。作品と作家の輪廻、回帰。おもしろい。

その頭のところで音楽が流れる。デイヴィッド・クラマールの「カルー・キター・ブルース」、流すのはクッツェー自身のリクエストだとか。面白い楽器が出てくる。ラムキという、バラライカのような、金属の四角い三味線のような、弦楽器。ゾーイ・ウィカムの『デイヴィッドの物語』に出てきた楽器だ。弓で弾いたり、爪弾いたり。

こちらでステージが! ↓


2015/08/16

パウル・クレーと夏日記(15)──魚マジック

今日は、どんどん進んだ。ひたすら進めた。雨が降った。
「今日のクレー」は、ふたたび、魚。おなじ絵を二つならべてみる。トーンがずいぶん異なる。


夏休みの絵日記を書きあぐねている小学生の息子に、なにをしたか、感情ぬきに日記を書くといい、と親たちはいった。すなおな彼はそれにしたがって書いた。
 すると先生が、なにを感じたかをもっと書きましょう、と余白に書いてきた。むむむ。「嬉しかった、楽しかった、悲しかった」そればかり⭕️をつける国語の授業。共感の押し売りに近い主観表現の吐露ばかり。これはもうやめたほうがいい。
 むしろ、事実を描写する、行動や動作を的確な表現をもちいてあらわす、そういう細部を書き出す訓練をする、あるいは、秩序立てていいたいことを述べる構成力をつける。そういう文章力をきたえる指導をすべきだと思う。

 日本語のために。日本語人のために。

2015/08/15

パウル・クレーと夏日記(14)──domestic requiem

「今日のクレー」に選んだ絵。ロウソクが灯っている。ロウソクは祈りだ。タイトルが「domestic requiem(国内の、家庭内の、レクイエム)」、まずはこれだ。あの当時、勝手に拡大路線で「国」に含めた土地にいたすべての人たちを、正確に含めること。いまの国境によってではなく。



今日も残暑。蝉しぐれ。
 70年前に母たちはラジオから流れる天皇の声をこの日、聞いたのだろうか。それとも銃後の看護婦として走りまわり、人づてに、戦争は終わった、と知ったのだろうか。もういない彼女には確かめようもない。若い医者の卵はみんな、みんな戦争に行って、帰らなかった、と何度もいっていた母。北大の看護学校を出て、敗戦当時、26歳になっていた彼女はすでに北大病院から離れていたはずだから、その話はおそらく、同窓の知人友人から耳にしたのかもしれない。

 ずいぶん遅くなってから出征した父は、どこでこの日を迎えたのか? 満州へ行ったと聞いた。南洋にもいたといっていた。船に乗っていて下痢がとまらず、揺れる船の大きな上下といっしょに排便をしたという「笑い話」を語った父ももういない。ちゃんと聞いておくべきだった。もっと聞いておくべきだった。ただの体験談としてではなく、感情を抜きにして。

 そう、この「感情を抜きにして」ということができなかったのだ。それぞれの生死にかかわるほどの物語を、事実として、抒情などに流されない、筋のある話として再構築する試みを、親も子もすべきだったのだろうと、70年が過ぎてから思うのだ。遅すぎた。
 感情を込めて、歌いあげてはいけないのだ、歴史は。事実を事実として、分析的に伝えること。ちゃんと主語をつけて。行動主体を明らかにして。だれが、どこで、なにをしたのか。だれが、いま、なにを、どう考えるのか。辛かった、とか、ひどいめにあった、とか、被害者的な感情はひとまず横に置いて。なにをしたのか、なぜそれをしたのか、まず、事実を。
 自問、反省、自省、大きな枠組みのなかで、ひとつひとつ照らして、そこで確認したあとの謝罪は、相手の姿を視界におさめたうえでしなければ意味がない。

2015/08/14

パウル・クレーと夏日記(13)──あいまいな空洞化

 いまにも降りそうでいて降らない曇天、どんどん湿気だけが増えていく。 

 今日のクレーは、またまた怪しいクレー。解像度がいまいちなのも、怪しさを倍加させている。あの世とこの世を往復するような、赤い矢印。やっぱり赤が決め手か。右上にある赤い点は? ばらばらにほつれゆく魂か。旧盆の中日。

 この、あまりにも浅く埋葬する土地で。あまりにも浅くことばが入れ替わる土地で。座らずに、立って、ずっときみのことをかんがえてきたんだ。ずっと考えているんだ、きみのことを、ことばのことを。


 昨夜から今朝にかけて、ひゅんと気温がさがり、ほっと一息ついたのもつかの間で、また暑さがぶりかえす。こんな日が、まだまだつづくのだろうな。まだ8月なかばだもの。
 そして今日は金曜日。今夜もまた、国会前と官邸前に大勢の人があつまるだろう。そうせずにはいられない、何かに気づいて、なにが生まれつつある。やっと。やっと。

 主語のない、あんな、あいまいな、ことばと、ことばづかい。詭弁と、言い逃れと、歴史責任をあいまいにする、ことばを発する者の側の空洞化。ことばを愚弄する行為は、なさけない、絶対に許さない、許されない。

2015/08/13

パウル・クレーと夏日記(12)

西瓜に負けて白旗をあげた分、今日は少しだけ涼しくなったかなあ、と勝手に決め込む一日です。おかげで、いつもより仕事は進んだ。それでも午後も遅くなると、じりじりと西陽が射して。。。。

 今日のクレーは「1」です。白いはちまきに「1」と書かれているのは、走者か、はたまた、ダンサーか? なんだか死神っぽい雰囲気もあって。ひゃっ!


 がらんと人気の少ない電車、ぱらぱらと路上を歩く人、夏休みでみんな帰郷したのか、そんな、混雑とはちょっとだけ遠い街で、昨日は友人たちと冷酒を飲んだ。(う〜ん、だんだんホンモノの日記になっていくなあ/笑。)

2015/08/12

パウル・クレーと夏日記(11)──西瓜

 西瓜を食べた。とてもあまくて美味しかった。それだけで満たされた気分になった。暑い、暑い、と思っている感覚が、一瞬、ふっと消えた。
 こういう瞬間はかぎりなく貴重だ。
 ふと目をあげれば、窓からはうだる暑さに、風もなく、木々がじっと夏の光を受けている。


 考えると、パウル・クレーの色使いって、とっても濃い。8月のこの残暑には、がぜん暑苦しいのだ(笑)。日本の湿気った夏には不向きなのだ。ドイツやスイスのからりとした空や、くっきりした夏の光の下では(って行ったことはないけど/汗)はえる色なんだろうな。困ったな!

 そこであちこち探して、こんなのを見つけた。クレーの絵ではないかもしれない。クレーが西瓜を食べているところも、なんだか想像しにくいし。

 亜熱帯の夏には、やっぱり西瓜か!

2015/08/11

パウル・クレーと夏日記(10)── Integrity

 何年か前に、翻訳家の大先輩から「あなたには integrity がある。翻訳家としてのintegrityをもっている人はそういない」といわれたことがる。「ん?」「はっ?」と一瞬、ことばを飲み込んだけれど、とても嬉しかった。嬉しかっただけではなくて、背筋がぴんと伸びるような気がした。過分なことばだ、と思った。
 思えば、不器用に、たどたどしく、doggidly というしかないやり方で続けてきた翻訳という仕事も、その大先輩との出会いから始まったのだ。

 そして、integrity という語で思い出すのは、アドリエンヌ・リッチの詩「Integrity」。この出だし、一度読んだら忘れられない詩句になった。

   A wild patience has taken me this far
   
   暴れまわる忍耐力がこれほど遠くまでわたしを連れてきた



立秋もすぎたけれど、それは名ばかり。残暑のなかで今日もまた、クレーの絵を一枚! this far!


2015/08/09

いっそオメガのダミー──パウル・クレーと夏日記(9)

ここ2日ほど、ほんの少しだけ涼しかったけれど、今夜もまた暑い。
 しかし、また明日から、気合入れて行こう!
 今日のクレーは「ダミーのオメガ」か「オメガのダミー」か、赤の迫力が満点である! こんな暑さには、思い切って、たっぷりとした熱い赤で対抗するしかないような気がする。オメガである。ダミーである。よくわからないけれど/笑。


さあ、イフェメルはもうすぐナイジェリアへ帰郷するよ。大西洋をひとっ飛び!

2015/08/07

パウル・クレーと夏日記(8)──ちょっと涼しげに

暑い! この夏一番だそうだが、こんなに暑い日がべたでつづくのは何年ぶりだろう。30度をゆうに超える日がもう2週間以上つづいている。

 さてさて、今日はどんな絵をアップしようか。クールな頭になれる絵がいいな。落ち着いたニュートラルな色彩の絵がいいな。では、これはどうかな? ほら!
 それでも、まるいの、あれは太陽か? いたたまれずに燃えているのか? と思ってしまう、わたしの頭は……



あまりの暑さで、ちっとも仕事がはかどらないのだ! ざんぶりと水をかぶって。
今日は金曜日、いまごろ国会前では……

2015/08/06

パウル・クレーと夏日記(7)

今日も晴れ。気温は高め。広島に70年前、原子爆弾が落とされた日だ。

 それより10年ほど前に描かれたクレーのこの絵、「中心で/at the core--1935」というタイトルがついている。そうか、たしかに中心で赤い炎が燃えている。それとも赤い血がしたたり落ちたのか。いやいや、薄切りにした生ハムを、少しずらして重ねたようにも見えるな。



 爆心地、ということばがあることを知ったのはいつだったか。千羽鶴というのがあるのを知ったのはいつだったか。白血病ということばを知ったのはいつだったか。浴衣を着てベッドに寝ている女の子の映画を、学校の体育館で観た。原爆のせいで血が止まらなくなって、入院している子の映画だった。その子は10歳くらいに見えた。自分より年上だと思ったのだから、映画を観たのは小学校も低学年だったのだろう。白黒の映画だった。
 

2015/08/05

パウル・クレーと夏日記(6)

昨日はお休み。大都会のまんなかに用があって出かけたので、冷房のきいた電車と冷房のきいたビルを出たり入ったり、出たり入ったり、じっと座って待っているうちに、身体が芯まで冷えたりしたので、ぐったりしてしまった。
 でも、待ち時間と電車のなかで読みかけの本がずいぶん進んだ。夏休みの読書(じつは休みなんてないけどサ)を満喫でした。

 さて、今日のクレーは、Tanz-des-tarauenden-Kindes 「悲しみを踊る子供」? 


タイトルを知らなくても、この絵は子供だとわかる、踊ってるなとわかる、でもその子が「悲しい」なんて知らなかった、タイトルを見るまで。自分のせいでもないのに、理不尽な悲しみを背負う世界中の子供たちのために! シリアで、イラクで、パレスチナで、南スーダンで、コンゴで、中国で、フィリピンで、ブラジルで、etc. etc.、そして真夏のこの地でも。
 想像力を総動員して、思い、祈る。

 とても夏らしい一日。からりと晴れて、強い日差しが傾いていく。

2015/08/03

パウル・クレーと夏日記(5)

小学生のころ、夏休みに書かされた絵日記というのは、案外めんどうな宿題だった。毎日こつこつと書くというのが、どうも苦手で、数日まとめて書く、あとから思い出して書く、というのがどうしても何箇所か入ってくる。北海道の夏休みは内地とちがって、7月末から8月のなかばまでで、約25日。冬休みもおなじように25日。だから25日分の絵日記にまず日付だけを入れてしまう。それからが厄介だ。

 ほかの宿題はたいがいまとめて2日か3日でやっつけてしまった。それも7月中に。だから残りの時間は絵日記だけつければいい。いわば自由時間たっぷりの日々であるはずだったが、これが忘れてしまう。あの日、なにをしたんだっけ、というのが思い出せなくて困った。困りついでにお話をつくってしまうこともままあったなあ。それがそもそもの始まりだったのだろうか。



 さて今日のクレーは、暗闇である。暗闇のなかに真っ赤な三日月と黄色い満月が両方浮かんでいる。満月のなかになにやら動物が浮かんでいるような……。この色合いは大好きな組み合わせだ。赤い水差し、青い容器のはしっこ、黄色い樹木にオレンジのような実がなって。背景の黒がすてき。この黒が深い。記憶の深さを彷彿とさせる。

2015/08/02

色鮮やかな芋の面々

今日のクレーはちょっとお休みして、お芋の話です。

 先日、といっても一ヶ月以上前になるけれど、ペルー料理のお店で、とても美味しいお芋の料理を食べました。ほろほろ、とは違う、かっちりと身の締まった黄緑色のお芋でした。
 聞くところによると、アンデス地方原産のこの野菜、というか、芋ね、ものすごくたくさん種類があって、日本で食べているジャガイモなどはそのほんの一例にすぎない。

上の写真、うっとり見てしまいます。色の鮮やかさといい、形状の豊富さといい、どうだとばかりの種類ですね。これまた新大陸から旧大陸ヨーロッパへ渡った食べ物の典型みたいな話になりますが、芋が大西洋を渡らなければ、アイルランドのあの飢餓だって考えられなかったわけです。
 思えば、トマトだってイタリアには元はなかった。アフリカ人が「伝統料理」と誇るヤムイモだって、キャッサバだって、南アメリカ大陸から渡ったものなんだよね。


 というわけで、俄然、芋づいたわたしは、今夜は──いやいや今夜もまた──芋料理。ポテトサラダを作りました。大ぶりのジャガイモを4つ、皮を剥いてざく切りにしてブイヨンで煮て、それを木べらで崩しながらドレッシングを混ぜ、別に煮ておいた人参と、きゅうりの薄切りをマヨネーズで混ぜ合わせてできあがり! たっぷり作ったので少し娘たちにお裾わけ。

 夏バテ防止には、芋!

2015/08/01

パウル・クレーと夏日記(4)

うだる暑さのなかでPCに向かうも、午後少しすぎたところでギブアップ。たっぷり午睡をしてから再挑戦して、今日のノルマを終える。夕方は風が凪いだ。
「今日のクレー」をアップ。このやや沈んだ、微妙な色合いがなんとも深いのだ。


『アメリカーナ』、これで全体の四分の三強。といってもまだ100ページ以上あるのだ! ふうっ。しかし、アディーチェの筆の冴えはただものじゃないな、やっぱり。