Elizabeth Costello : I believe in what does not bother to believe in me.──J. M. Coetzee

2015/05/25

アトウェルが語るクッツェー作品が立ち上がる瞬間

 先日、ケープタウンで開かれたイベントで、クッツェー研究者の第一人者であり、クッツェーのケープタウン大学時代の教え子でもあるデイヴィッド・アトウェルが、南アフリカでもうじき発売される彼の新著『J. M. Coetzee and The Life in Writing:face-to-face with Time/J・M・クッツェーと作家としての生活:時代と向き合って』について語る動画を紹介する。
 50分以上の動画をちゃんと見てからここにアップしようと思っているうちに、どんどん時間が過ぎていくので、とりあえずアップ。どうぞお楽しみください。



 最初に語られるのは、クッツェーが1970年1月1日、バッファローの借家の半地下にこもって、今日は1000語書くまで絶対にここから出ない、と固く心を決めて書き始めたという有名なエピソードについてだ。北米だから真冬で、このとき彼はブーツをはき、コートを着込んでいたという。つまり暖房のない半地下で29歳の青年クッツェーは机に向かって書き始めたのだ。

 こうして『青年時代』に描かれた、書けない、どうしても書けない、失敗するのが怖くて書けない、と悩むロンドン時代の青年から、その後、結婚して子供も2人生まれて、アメリカの大学で教えながら書くという行為へ向かって自分を追い込んで行く若きクッツェーを、アトウェルは作家の創作ノートを注意深くたどりながら、描いていく。
 このときクッツェーが書いていたのが『ダスクランド(ズ)』の後半部「ヤコブス・クッツェーの物語」だ。この作品については自伝的三部作の最終巻『サマータイム』に、作家自身の声で、詳しくいきさつや内容が語られている。
 アトウェルの本は9月から、日本のアマゾン等でも入手可。

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2015.5.31付記:M&Gに書評が載りました。評者はショーン・デ・ヴァール。こちらです。
最後の行に、この本からの引用がある。

Coetzee: “Every morning since 1 Jan 1970 I have sat down to write. I HATE it.”

クッツェー「1970年1月1日から毎朝、座って書いてきた。めっちゃ嫌だ。」1978年のノートに書かれた、クッツェー38歳のときのことばだ。HATE が大文字! めっちゃ笑える。

2015/05/17

『マイケル・K』、紀伊国屋書店新宿南店のイベント無事に終了!

紀伊国屋書店新宿南店でのクッツェー『マイケル・K』岩波文庫化の記念トークが、無事に終了しました。わざわざ足を運んでくださった大勢の方々に深謝します!

 さわやかな5月の空にさらさらっと雲が薄く流れて、今日はとてもよいお天気でした。イベントは広い売場の一角に椅子をならべ、ごらんのような幕の前で話をするというもの。本を買いにきたお客さんも「あれ、なんだろ、このイベント?」といった感じで立ち止まって、話に耳をかたむけてくれるといった趣向です。

 都甲幸治さんの絶妙なリー ドで、気持ちよく話をさせてもらいました。クッツェー作品を縦横に行ったり来たりしながら、作品と作品のあいだをテーマでつないだり、ひょんと飛んだり、とても自由に話ができました。ケープタウンやアデレードへ行ったときの話、クッツェーさんのお宅を訪ねたときの裏話まで、たっぷり話すことができました。

 開場からの質問も突っ込んだものが多く、みなさん、すごく深く読み込んでいるなあ、とちょっと感動的でした。なかには『青年時代』のある内容をカンネメイヤーの伝記とくらべて、どうも辻褄が合わないが、事実はどうなのかか・・・という、もう、ほとんど脱帽するような質問まであって、感心しきりです。

 そして、イベントが終っても外はまだまだ明るい、この季節ならではの心地よさ。木のデッキのあるテラスで風に吹かれながら、ノンアルコールの飲み物とクレープで打ち上げ。さ、帰ろうか、といっても、まだ外はほんのり明るい、マチネーっていいですねえ。。。

 お世話になった紀伊国屋書店新宿南店のスタッフのみなさん、どうもありがとうございました。

2015/05/15

再掲します:明後日、『マイケル・K』について語りつくします!

 イベントのお知らせです。J・M・クッツェーが初めてブッカー賞を受賞したヒット作『マイケル・K』が岩波文庫に入りました。それを機に、この『マイケル・K』という物語について、都甲幸治さんと語り尽くしたいと思います。 場所は紀伊国屋書店新宿南店です。

 日時:5月17日(日)午後2時から(開場は1時半)
 場所:新宿紀伊国屋書店南店 6F イベントコーナー
 入場無料ですが、要予約。ご予約はこちら。

『マイケル・K』が単行本として筑摩書房から出たのは1989年、クッツェー作品の本邦初訳でした。わたしの実質的な翻訳人生はにここから始まったように思えます。
 1989年にはいろんなことがありました。昭和が終って平成になり、4月に消費税が導入され、6月に北京で天安門事件が起きて、11月にはベルリンの壁が崩壊して冷戦が終り、年末にバブルがはじけた。

『マイケル・K』はその後、2006年に全面改訳されてちくま文庫になり、さらに加筆補足されて今回、岩波文庫に入りました。決定版です。こうして初訳から4半世紀を経て、また新たな読者と出会えることになり、マイケルくんはさぞや喜んでいることでしょう。

  この作品が世に出てから、作者も翻訳者も当然ながら歳を取りました。『マイケル・K』を書いていたクッツェーはまだ40代初めでした。翻訳者も最初に訳し たときは30代後半でした。でも、作中人物は、これまた当然ながら、まったく歳をとりません。31歳のままです。南アフリカでも、世界中でも、若い読者を 中心に読み継がれ、クッツェー作品のなかで、マイケルほど愛されている主人公は、ひょっとしたら他にいないかもしれません。
移 動を制限されながら、制度的な暴力も慈善も、不器用に、執拗にかいくぐり、痩せ衰えながらも、どこまでも土を耕して生きようとする31歳の若者、それがマ イケル・Kです。これはある意味、このうえなく不可能な物語ですが、種を蒔き、水を遣り、山羊に食べられないように見張り、といったふうに、大地から生ま れる恵みを糧に生きようとするマイケル・Kの物語が、どうしていま、こんなに人の心をとらえるのか、そんなことを話せたらいいなと思います。
 
 都甲さんには昨年8月末にも、クッツェーの自伝的三部作『サマータイム、青年時代、少年時代──辺境からの三つの<自伝>』(インスクリプト)の発売を記念したイベントで、司会をしていただきました。そのときはまだ発売されていなかったポール・オースターとの往復書簡集『ヒア・アンド・ナウ』(岩波書店)のことも、今回は話に出るかもしれません。
 また、昨年11月にアデレードで開かれたシンポジウム「世界のなかのJ・M・クッツェー」 のことや、アデレードのクッツェーさんのお宅を訪問したエピソードなども飛び出すかもしれません。お楽しみに!

「土のように優しくなりさえすればいい──内戦の南アフリカ、マイケルは手押し車に病気の母を乗せて、騒乱のケープタウンから内陸の農場をめざす。 ひそかに大地を耕し、カボチャを育てて隠れ住み、収容されたキャンプからも逃亡。国家の運命に本論されながら、どこまでも自由に生きようとする個人のすがたを描く、ノーベル賞作家の代表傑作」

*もちろん当日になってふらり、でも、だいじょうぶです、たぶん。
 その気になったら迷わずおいでください。


2015/05/11

昨日で終った PENワールド・ヴォイス・フェスティヴァル

5月4日から10日までニューヨークでPEN World Voices Festivalが開かれていた。キュレーターがなんとあのチママンダ・ンゴズィ・アディーチェで、フォーカスされたのは「アフリカ」だ。

 参加した作家には、テジュ・コール、エドウィージ・ダンティカ、リチャード・フラナガン、アミナタ・フォルナ、ヤハヤ・ハサン、アラン・マバンクー、マイケル・オンダーチェ、ビンニャヴァンガ・ワイナイナ、ングギ・ワジオンゴ、などなどそうそうたる名前が連なっていた。

「シャルリ・エブド」に賞を与えるとしたPENの決定に異を唱えて、テジュ・コールやマイケル・オンダーチェなどが最後の晩餐を欠席するとか、マバンクーは逆に積極的に賛成の意見を述べてメディアの目をひいたり。ムスリムであるハベバ・バデルーンも少し遅れて異を唱える人たちに加わったことがニュースとして流れた。これはどんな立場にその人が立っているかで大きく意見の分かれるところだろうが、どうも、日本ではイスラム系に連なる人たちの内部からあがってくる声が(外部からながめる評論家の声ではなくて)、圧倒的に足りないと感じているのはわたしだけだろうか。
 
最終日の昨日、締めのスピーチをするアディーチェの映像が流れた。このところ父上の身にふりかかった災難が twitter などに載って、どうなるか、とはらはらしたが、解決したというニュースもすぐに流れたのでほっとしたところだ。しかしながら、おしゃれなアディーチェがアフロヘアそのままでステージに立っているところに、いかにも、駆けつけた、 という感じが出ているかな。
 同志ワイナイナと抱き合うアディーチェの姿も。参加した人たちによって、これから詳細が伝えられることを期待したい。

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くぼた のぞみさんの写真アディーチェとえいば、「男も女もフェミニストじゃなきゃね/We should all be feminists」を訳しました。

「神奈川大学評論 創刊80号記念号」

チママンダ・ンゴズィ・アディーチェの特別寄稿で、もともとTEDExTalkのピーチを本にしたものです。スピーチはYOUTUBEでも見られます。日本語訳の入手は神奈川大学広報課へ。ぜひ!