Elizabeth Costello : I believe in what does not bother to believe in me.──J. M. Coetzee

2013/03/31

刺激的なプレビューでした

「ささやきの思想レジスタンス」のプレビューを体験してきた。すごく刺激的だった。
 東中野のシアター「風」の入った建物の入口で、こうもり傘をさした背の高いフランス人女性のジェスチャーにうながされ、ロウソクが灯された外階段をあがっていくと、なにやら暗い入口があって、そこにもまたフランス人男性が立っていて、なかに入れ、と身振りで示す。ことばはない。

 恐る恐る入っていって、手を取って誘導されて行ったのは、どきどきするような不思議な空間。はらりと栞が手渡され、さらに奥へ進むと、ランプの光の下で書き物をしている男がいて、手の甲に文字を書いてくれる人がいて(わたしのは「明るい霧」)、ほのかな香りのする扇で煽られたり、あやしいまでに「幽玄な」暗い部屋を経て、階段をおりてたどりついたのは、なんと最初の入口。
 ここまでですっかり、黒い衣装に黒い帽子、手には大きなコウモリ傘、おまけに扇と長い筒をもったパフォーマーたちのもつ雰囲気にのまれてしまう。

 入口から再度、ロウソクのともった階段をあがって、やや広めのスペースへもう一度たどりつき、椅子をすすめられて腰をおろす。すると、長い長い筒が肩のところにふわっと置かれる。それをおもむろに耳に当てると、密やかなことばが耳にとどきはじめる。一編の詩のような、物語の断片のような、不思議なことばたち。
 この摩訶不思議な空間で耳にすることばは、なんともあまやかで、どこかこの世のものとも思えない。やや肌寒い春の宵の、束の間のときを、ささやき手(スフルール)と聞き手が共有する、いとも甘美な時間でした。

 写真はわたしの詩をささやいてくれる、アクセル・ピータースン/Axel Petersenと。Merci,Axel!

ささやきの思想レジスタンス──ついに!

 ちょうど2年前のいまごろ、桜前線の移動とともに行われる予定だった「ささやきの思想レジスタンス」。3.11の直後にフランスからスタッフはやってきたものの、原発事故による影響もあって、残念ながら延期となりました。今年はそれが実現します。

 パフォーマーたちが突然街中にあらわれて、長い筒と、短い筒を使って、街行く人々に詩をささやきます。

 ささやきの思想レジスタンス

  4月2日の福岡を皮切りに北上して、東京は7日にミッドタウンで、9日に福島市内を経て、14日にアンスティチュ・フランセ東京で実演される予定です。

 詩が、思想が、いまの社会のなかに突如投げ込まれる試み、といっていいのでしょうか。その名も「レジスタンス=抵抗」ですから、ひょっとしたらその場に、そしてささやかれた人の心のなかに、ことばの竜巻が起きるかもしれません。日仏の詩人たちの作品が参加します。わたしも詩を2編、そのために書きました。
 
 ・あん☆いまじ☆なぶる☆びいなす──プチ・シャルルのために
 ・黄色い指に摘まれる花びら

 パフォーマーたちの声にのって、ことばが届けられる。とっても、わくわくです。

2013/03/28

甘酸っぱい春の味覚

 ウド、ワケギ、春はぬたの季節。京都に移り住んで、白みそが自在に手に入るようになったというMさんのブログを見て、ふいに思い出した。あ、そうだ、ぬただ!

 今夜は、わが家もぬた! といっても、ヤマウドを歩いて採集に行ける土地には住んでいないので、駅前の店から九条ネギと白みそを買ってきた。1950〜60年代に北海道に生まれ育った者には、白みそは「内地」から届く「都」のごちそうだった。めったに口には入らなかった。

 東京に出てきてから京都にも足を運ぶ機会があったり、小料理屋でたびたび食するようになって、ようやくわたしの料理のレパートリーにも入った。

 それでも、ヤマウドのぬたは母がよく作ってくれた、わたしのぬたの原点だ。北海道のウドは緑色いっぱいに育った野生種で、あくも強かったなあ。おまけに当時は、手に入るのは自家製味噌か、しっかり茶色い信州味噌だけ。それでも、甘酸っぱい味噌の味は、ちいさいころから大好きだった。「酢みそ」と呼んでいた。懐かしい春の味覚だ。
 

2013/03/25

春はわくわく、採集民になる

春になるとわくわくする。気もそぞろになる。古い葉っぱのかげからふきのとうが秘かに地面を突き破って薄緑色の帽子があらわれ、樹木の固く細い枝からやわらかな新芽が芽吹く。となると、花よりだんご、眠っていた採集民の血がさわぐ。そのように育ったからだろうか。
 
 この季節、東京の西の郊外ではふきのとうの季節は終わり、すでに蕗の小葉が地面のあちこちに群生を始めた。桜は満開、風にちらちら散って。白いゆきやなぎもはらはら、黄色い山吹もほろりとつぼみを広げる。
 さて、食い意地のはったわたしはきょろりきょろり。いつもの散歩道にしっかり見つけておいた山椒の木。公有地に生えている、かなり大きな木だ。今年も新芽がほころび、ちいさな葉っぱを広げはじめた。

 もらうよ! 少しだけね。

 手を伸ばし、腕を伸ばし、ぷつん、ぷつんといただく。帰宅して、さっそく香り高い焼きみそをつくった。

 最初のプランでは、採集した葉芽もちゃんと撮影するつもりだったのに、家に帰ると料理に忙しく、できあがったみそを見てから、葉芽の撮影を忘れたことに気がついた。というわけで、写真は「焼きみそ」だけ。炊きたての御飯にのっけて食べるとサイコー。

 福島の人たちは、こんなささやかな楽しみさえ奪われたことをあらためて考える。何度でも考える。春がくるたびに。

2013/03/19

夕暮れに咲くモクレン


初夏なみの暖かさのなか、ひと仕事終えて、暮れはじめた屋外へ散歩に出る。今日はモクレンに会いにいった。

 昨年は時期を逸して、嵐のあと雨に打たれた黄ばんだ花しか見ることができなかった。不義理をした。今年はきみの盛りの時期を、ほら、ちゃんと写真におさめたよ。
 美しく、白く、まさに咲き誇るということばがぴったりのモクレンの大木。

折しも、福島の第一原発は電源が失われ、原子炉の冷却がストップ、いまだ収拾つかず、というニュースがあちこちから流れてくる。

 自然から、Law of Nature の倫理から、はぐれてしまった人間のいまに、どう対処すればいいのか。モクレンが教えてくれるわけもないが、この美しい花を見ていると、なぜか、すさみかける心が満ちてくる。なんという不思議、妙味。美を感じる心はどんなときも必要だというのは真実、とあらためて思う瞬間だ。
 
 

2013/03/17

声の力、ことばの「無」力

3月16日「ことばのポトラック vol. 9  春に」をのぞきに、渋谷のサラヴァ東京へ行った。
 第一回が開かれてから2年という時間がすぎた。呼びかけ人の大竹昭子さんに乞われて、こんなことばをその前に送った。

「ことばのポトラックvol.1」は「ことばの力」と「ことばの無力」について突きつけられた問いへの、切羽詰まった、ある応答の形ではなかったか。そのとき多くの人がことばのもつ「声」にあらためて気づき、「声の力」を深く確認したように思う。あれから2年。この時間の意味を考えるために、自分の立っている現在地を探るために、「ことばのポトラックvol.9」をのぞいてみる。──くぼたのぞみ

 そして間違いなく2年という時間がすぎたことを実感した。
 この日、もっとも印象に残ったのは、なんといっても、大野更紗さんが iPhoneで録音してきた福島の仮設住宅に住む三人のおばあさんたちの、生のことばだったのだ。質問らしきことばとして発せられた問いに、三人三様の声で、ばらばらのしゃべりで、てんでに答えられることばたち。土地の訛りが混じり、抑揚がついて、なかなか伝わりにくいことばたちだったかもしれないが、これは昔よく聞いた語り/ナラティヴだ、と田舎に生まれ、田舎に育ったわたしなどは、ふと懐かしく感じられたりもした。
 福島にいたわけではないけれど、東北地方のことばに共通するなにかがあって、地方に共通するなにかもあって、それは私が育った土地の、時代のものでもあったからだ。そしてそれはまた、置き去りにしてきたものでもあったけれど、後悔はしていない。

 対話ではないのだ。向き合うことばではないのだ。どこか茫洋として、誰に向かって発せられるのか不分明なほど、彼女たち自身のなかから図らずも湧いてきて、自分に言い聞かせているような、確認しているようなことばたちだ。
 
 東京という日本でもっとも都市化の進んだ土地に住んで、渋谷の地下というこれまたおしゃれな空間にじっと腰をおろして聴く者の耳には、とても異質に聞こえる「生々しいことば」だ。そのことばの背後には「私たちを忘れないで」というメッセージが低く響いていた。ナラティヴとしてのその生の声の前で、造形されたことばの力は........

 さて、これから「ことば」は、「声」はどこへ行こうとしているのだろう?
その方法が、力が、問われていく。
 

2013/03/14

2年前のことばのポトラック vol.1(前半)



2011年3月26日、渋谷のサラヴァ東京で開かれた「ことばのポトラック vol.1」(前半)のようすです。映像と声が、あのころの緊迫した感じを伝えてくれます。

 あれから2年。なにがあらわになったのか? 隠されていたものが一気に表に出てきて、それゆえ直面せざるをえなくなったことがら。それと向き合おうとするもの、向き合うのを避けるもの。知らんぷりして、なかったことにしようとする圧力、それに抗おうとする世界中の生命。

 3月16日、サラヴァ東京で「ことばのポトラック vol.9」が開かれます。

 この2年の時間について考えてみたいので、のぞいてみることにしました。

2013/03/13

旅する「アフリカ」文学 ── 盛況のうちに終了!

昨日、六本木ミッドタウンで開かれた、「旅する”アフリカ”文学」が無事に終了。大勢の方々が熱心に耳を傾けてくれているのが伝わってきて、気持ちよく話すことができました。聞き手の管啓次郎さんの絶妙なさばきには、いつもながら脱帽。お世話になったスタッフの方々、聞きにきてくださった方々、みなさん、どうもありがとうございました。

 第一部は、何世紀も早くから世界を旅してきた「アフリカ」の文学について考え、J・M・クッツェーとチママンダ・ンゴズィ・アディーチェという対照的な二人のアフリカ出身の作家を切り口に話しました。

ジャズやアフリカン・アメリカン女性文学との出会い、マジシ・クネーネの翻訳の途中で出会った南アフリカや、クッツェーの「マイケル・K」との偶然ながら、ほとんどわたしの人生を変えた出会い。いま、アディーチェやクッツェーはどのようなスタンスで書いているか、その共通性と差異について。アディーチェは「アフリカをいま誰がどのように書くか」をポイントにし、クッツェーは端正かつ明晰なテクスト内に鋭い批判性、倫理性、思想性の深さを封じ込めること、などなど........

 朗読も、アディーチェの作品、クッツェーの作品からそれぞれ短い部分訳を読みました。

 第二部は、ぐっとリラックス。2011年に訪れたケープタウンの写真を使い、クッツェー作品に出てくる場所や土地を見ていただきました。長いあいだクッツェーが教えていたケープタウン大学の英文学部の入った建物や、青年時代アルバイトをした古い図書館の地下室、彼の研究室だった部屋、講義をした階段教室(映画「Disgrace」のロケに使われた)、彼が9歳から12歳まですごした内陸の町ヴスターの風景などを楽しんでいただきました。後半は時間が押して、予定していたポール・オースターとの「往復書簡集」からの朗読ができなかったのが残念!


 作家が徹底的に手を入れた自伝的三部作『Scenes from Provincial Life/地方生活からの情景』の第一部「少年時代」をいま一行一行、見直しているところです。オースターとの往復書簡集『Here and Now』も平行して進めますので、どうぞこちらもご期待ください。

***************
 左のモノクロ写真は、わたしが初めて見たクッツェーの写真です。80年代に入手したKING PENGUIN版『マイケル・K』のバックカバーに載っていたもの。あのころは、この写真を見て翻訳しようと決めた、という面食いでした! いまもあまり変わっていないかも/苦笑....ですが、来日した作家に訊いたところ、70年代に奥さんか家族が撮影したもの、だそうです。

2013/03/08

「旅する”アフリカ”文学」でスライドショー

3月12日午後7時から、六本木ミッドタウンで開かれる「旅する"アフリカ"文学」が近づいてきました。

 当日は、2011年11月にケープタウンや内陸の町ヴスターを旅したときの写真を使って、クッツェー作品の舞台を写真でめぐるスライドショーを予定しています。
 今月初旬に来日したクッツェーさんのようすや、『少年時代』の内容をめぐる疑問に彼が出した解決策など、思わずにやりとなる話などもたっぷりと。どうぞお楽しみに! 聞き手は、管啓次郎さん。

 入場無料、残席わずかです。申し込みはこちらへ!

 そうそう、アディーチェの新作『アメリカーナー』についても触れますよ〜〜〜

*******************
2013.3.10付記:今日『少年時代』の改稿を見直していて行き当たった箇所。クッツェーが少年時代からこだわりつづけてきた、アフリカーンス語に対する態度を伝えるところ。彼の名前に関する発音へのこだわりの原点はこれ! 少し長いけれど引用する。


「アフリカーンス語を話すときは、人生のさまざまに絡みあった要素が突然はがれ落ちていくような気がする。アフリカーンス語は、どこへでも彼に付着してくる目に見えない包み紙のようなものだ。そのなかに自由自在に入り込み、即座に別人になれる。より単純で、より朗らかで、より足取りの軽い人物になれるのだ。
 イギリス人のことで落胆すること、真似はしまいと思うこと、それはアフリカーンス語に対する軽蔑だ。彼らが眉を吊りあげて横柄にもアフリカーンス語のことばを間違えて発音するとき、「フェルト(veld)」を「ヴェルト」というのが紳士たる者の証しであるかのようにいうとき、彼らとは距離を置く──彼らは間違っている、間違いよりもはるかに悪い、滑稽だ。彼としては譲歩しない、たとえイギリス人に囲まれていても。アフリカーンス語のことばを、本来口にされるべき音で、固い子音も難しい母音もすべて発音し分ける」──『少年時代』第15章より。

2013/03/05

ゾーイ・ウィカムがウィンダム・キャンベル賞を受賞!

デイヴィッドの物語』の著者、ゾーイ・ウィカムが、イェール大学が主催する第一回ウィンダム・キャンベル賞の小説部門を受賞しました! 賞金がすごい。なんと、$150,000です。

 たったいま、アデレードのドロシー・ドライヴァーさんからメールで情報が送られてきました。

 Congratulations!  Zoë!  おめでとう、ゾーイ!





2013/03/03

Here and Now ── 部屋に本がやってきた!

ついに、部屋に本がやってきた!
さあ、翻訳作業の本格開始だ。

 J・M・クッツェーとポール・オースターの往復書簡集『Here and Now/Letters 2008-2011』

 率直な、飾らない、本音のやりとり。なんと豪華な組み合わせだろう。二つの肉声が投げかけ合うさまざまな問い、そして答え。読んでいくと、すごい瞬間に立ち会っているような気がする。
 短期間勝負でまいります。著者の一人とも、そう約束しましたから!

「水牛のように 3月号」に詩を書きました

先月はお休みした「水牛のように」、今月は書きました。忘れないために。


   <記憶のゆきを踏んで

1981年に出した最初の詩集のタイトルが『風のなかの記憶』でした。どうやらわたしは「記憶」にずっとこだわって生きてきた人間のようです。クッツェーの作品のなかでも、回想記風の作品にダントツ興味が惹かれるし、マリーズ・コンデの場合も翻訳したのは、彼女の少女時代の回想記だった。
 こうなると「惹かれる」を通り越して「取り憑かれる」領域に入っているのかもしれません。なんで? 分からない。記憶。分からないけれど、面白い。記憶の遷移。分からないから、面白い。