2011/06/26

クッツェーがヨーク大学で新作から読む

 このクッツェーのポートレートを描いたのは、シャンハイ生まれの在シドニーのアーティスト、アダム・チャン。クッツェーとは「ヴォイスレス」の活動で知り合ったらしい。「クッツェーの作品にみられる彼のセンシビリティを表現するため、赤いブラシストロークで描いた」とか。さきごろアーチボールドで開かれた絵画展で人気投票一位となった。


 今月末に、ヨーク大学で開かれていたサミュエル・ベケットの国際会議にスペシャルゲストとして招かれたJ.M.クッツェーは、6月24日の夜、セントラルホールのステージで、いま書いている新作から朗読した。なじみのない国で繰り広げられる、ある男と少年の物語だそうだ。

「彼のことばはほとんど質素ともいえ、それでいてピンと張りつめ、まるで一本の弦がことばの背後に固く張られているように思える」とは、「ザ・ヨーカー」に記事を書いたアン・メラーの言。

2011/06/20

J・M・クッツェー自伝的三部作──Scenes from Provincial Life

以前にも書きましたが、J・M・クッツェーの自伝的三部作を一巻にしたものが9月に出ます。

 タイトルは Scenes from Provincial Life ──地方生活からの情景。以前は「叙景」だろうと書きましたが、それでは「ひんがしの野に」の山部赤人ふうになってしまうし、意味がちょっと違う、と複数の人に指摘され、はて、どうしたものか、やはりすなおに「情景」で行くほうがいいのか、と考えなおしたりしています。

 9月に Havill Secker から出る英国版の表紙が発表されています。秋の草原のイメージがなかなかしぶい、すてきな感じです。ちなみに「原文テクストは、Summertime はそのままだが、Youth と Boyhood は徹底的に見直しをした」とのこと。それもあって、Youth は初訳ですが、拙訳『少年時代』は新しいテクストを用いての全面改訳となります。

付記:あっ、もちろん Summertime も初訳ですよ〜。

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20011.12.24さらなる付記:カバー写真は秋のイメージかと思いましたが、これは春でした。よく見るとちいさなつぼみが開いていくところです。撮影場所は、ケープタウンの書店の方が、ヴスターから東南へくだるルートを少し進んだあたりではないか、といっていました。

2011/06/18

クッツェー自身の翻訳論(2)──meanjin

ではクッツェーは、1984年に出た最初のドイツ語版『夷狄を待ちながら』のどこが気に入らなかったのか? 彼の言い分を聞いてみよう。

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「翻訳者が二つの言語にどれほど堪能であろうと、どれほどニュアンスを細やかに読み取れようと、彼/彼女がたんに共感のもてないテキストというのはあるものだ。理想の世界なら、なすべきことはそのようなテクストの翻訳は辞退することだが、現実の世界ではそんな清廉潔白さがいつも望ましいとはかぎらないかもしれない。

『夷狄を待ちながら』が最初にドイツ語に翻訳されたのは1984年だった。この翻訳が上手くいかなかったのはだれもが認めるところで、その後、本は改訳された。最初の翻訳がなぜ失敗したか? 翻訳者はわたしの英語を十分に、一語一語、一文一文、完璧に読むことができ、それを適切なドイツ語の散文にした。しかし私は、彼女がつくったテクストを読めば読むほど、おだやかならざる心境になっていった ── 彼女のページが喚起する世界が、微細な点でも、あまり微細ではない点でも、私がかつて想像した世界とは異なっていたからだ。私の耳に聞こえてくる語り手の声は、私が着想した語り手のものではなかった。

 これはある程度、語の選択の問題といえる。つまり、妥当な二つの選択肢をあたえられた場合、この翻訳者はたびたび、私なら選ばなかったであろう語を選んでいるように思えた。しかし、おもにそれはリズムの問題だった ── 語りのリズム、さらに思考のリズムである。ドイツ語テクストの背後にあるセンシビリティ、とりわけ、語り手が発することばのなかに埋め込まれたセンシビリティが、私には耳慣れない、受け入れがたいものに感じられたのだ」(前掲書, p149)
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 そしてクッツェーは、ドイツ語には英語の現在分詞にあたるものがない、それが翻訳の困難さを引き起こしている、と具体例をあげながら英文と翻訳されたドイツ語の文章を細かく比較している。

 いすれにしても「語りのリズム、思考のリズム云々」というところ、あるいは最初の「シンパシーがもてるテクスト」などは、翻訳の王道ともいえる論だろう。わたしも忘れずにいよう。

 写真は改訳されたドイツ語版『夷狄を待ちながら』
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付記:つづきがあります。

2011/06/17

7月3日は渋谷の「サラヴァ東京」へ

第3回ことばのポトラック 
場所:渋谷のサラヴァ東京
日時:7月3日 11時半開場/13時開演 ブランチ付き 3000円(予約制)
予約は:contact@saravah.jp tel/fax: 03-6427-8886

 東北地方を襲った大震災と原発事故から3カ月あまりがたとうとしています。亡くなられた方々とご家族には心からお悔やみをもうしあげます。

 この間、いろんなことがありました。驚き、絶望、落ち込み、悔しさ、悲しさに打ちのめされるような思いを抱えながら、それでも奮起し、毎日の日常をこなし、とにかく生きていこうとする人びとのために、ことばはなにができるのか、ことばでなにができるのか。
 
 第1回ことばのポトラックは、緊張感のあるすばらしい時空間でした。このときは予約受付開始とほぼ同時に席の予約が埋まってしまいました。

 第1回のその形式をほぼ踏襲するかたちで、7月3日はふたたび、この間の時間の経過をふまえながら、人びとのあいだに橋を架けることばの可能性を探ってみたいと思います。出演者は多言語のあいだを行き来している人たち:

管啓次郎 
温又柔 
清岡智比古 
レナ・ジュンタ 
関口裕昭 
デビット・ゾペティ 

(休憩10分)

高橋ブランカ 
ヴァルデマル・サンチアゴ 
南映子 
旦敬介 
くぼたのぞみ 
港大尋 
  (敬称略)

 歌あり、ひとり芝居あり、多彩なパフォーマンスに立ち会うことができそうです。
 予約はどうぞお早めに!

2011/06/16

クッツェー自身の翻訳論(1)──meanjin

J・M・クッツェーの自伝的三部作、『少年時代』『青年時代』『サマータイム』を訳すことになったので、ある雑誌の記事をあらためて読みなおした。(『少年時代』は全面改訳の予定。)
 「MEANJIN」というメルボルン大学が出している雑誌の特集号、「TONGUES──TRANSLATION: ONLY CONNECT」である。

 表紙にいささか疲れた顔の J・M・クッツェーが映っている。2003年10月に彼がノーベル文学賞を受賞した後一年ほどのあいだに過ごした「怒濤の時間」をありありと思わせる写真である。
 この特集にはクッツェー自身も10ページほどの文章をよせている。これが面白い。というか彼の作品を翻訳する者としてたいへん、たいへん参考になる。彼が「翻訳」についてどう考えているか、他言語に翻訳された自分の作品例を具体的にあげながら書いているからだ。

 具体例として彼が比較検討できるのはもちろん、彼がほとんどバイリンガル的に得意とするオランダ語、比較的得意とすると彼自身がいうドイツ語、さらにフランス語などヨーロッパ言語への翻訳の場合で、ロシア語やイタリア語への翻訳についても、タイトルなどについて言及している。また、自分には読めないからよくわからないけれど、と断りながら、トルコや日本の翻訳者の反応についても述べていて、初めて読んだときは、おお! と思わず声をあげてしまった。

『エリザベス・コステロ』をセルビア語に訳している翻訳者からきた、言語間の差異にもとづく難問に、こうしてはどうか、と著者から提案して解決をみたケース。あるいは『夷狄を待ちながら』を中国語に訳している人から、中国人読者が抱くであろう場所と時間をめぐる歴史的な、強い連想に関する問題をどう処理したか、などなど。

 オランダ語と英語の一語をめぐる微妙な語彙、語感の背景的違いなど、微に入り細にわたってやりとりされる箇所は、内容を想像するしかないけれど、結局、彼らには遡って共有できる「ラテン語」という強みがあるんだよなあ、というのが、アジアの一言語使用者である私の感想だ。

 きわめつけはフランス語訳者とのやりとり:『青年時代』に出てくる dark を sombre と訳すか noir と訳すか。クッツェーは、この語を自分はD・H・ローレンス的なニュアンスで使っているから、それがどんなフランス語に訳されているか参照したらどうかと提案し、訳者は、いやあれは・・・とさらに具体的なフランス語の意味合いについて説明する、そんなメールが引用されている。
 
 ふ〜ん、そうかあ、ヨーロッパ言語間ではこんな質問までできるのか、とちょっとうらやましくなった反面、1984年に最初に出たドイツ語版『夷狄』のように、作家自身からきっぱり「ノー」といわれてしまうこともあるのか、とひやりとする。(この作品、ドイツ語版はその後、別の訳者の改訳版が出ている!)

 この雑誌が出たのは2005年だから、記事を書いた時期は、たぶん、彼がオーストラリアへ渡って初めて書いた小説「Slow Man」が出た直後くらいだと思う。(つづく

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1976年ソウェト蜂起の記念日、または、ブルームズデイに。

2011/06/10

ナマクワ・デイジーの花々

ゾーイ・ウィカムの『David's Story/デイヴィッドの物語』の翻訳もだんだん佳境に入ってきました。
 
 今日、訳していたところに出てきた、ナマクワ・デイジー/Namaqua daisy という花はどんな花かしら、とグーグル検索してみると、あるわ、あるわ、ごつごつした岩の多い渇いた土地に根をはる花たち、干割れた地面からひょっこり顔を出す茎の短い花、真っ青な空に咲き乱れるデイジー、またデイジー、夕陽をバックに撮影した美しい花影。

 ナマクワランドというのは、現在の南アフリカは西ケープ州北部あたりをさす地名です。
 クッツェーの最初の小説『Dusklands/ダスクランド』の後半におさめられた物語(時代は18世紀)が舞台となった場所でもあります。これは破廉恥な探検をした人物、それを文章にした人物、それをまた訳した人物、と入り組んだ仕掛けをこらしてはいるけれど、話の中身はまことに壮絶! クッツェーの歴史観を知るうえでも、彼のその後の作品群がどのような脈絡のなかで書かれてきたかを俯瞰するためにも、必読の作品です。

 そう、ナマクワランド。

 先住民のコイサン人がむかしから住んでいた土地、だんだんヨーロッパ系の人間が入っていって彼らを追い出していった土地。グレイトカルーと呼ばれる広大な半砂漠地帯。
 『デイヴィッドの物語』は2000年暮れに発表された作品で、先住の人びととヨーロッパ系入植者、さらには中央アフリカから南下してきたバンツー系のブラックたちとの関係が、19世紀と20世紀を行き来しながら、物語として展開される、サスペンスドラマみたいな小説です。

 もちろん「デイヴィッド」がクッツェーの『恥辱/Disgrace』の主人公の名前であることはとても重要。もうひとつのデイヴィッドの物語としてウィカムは書いている。つまり、作品どうしが響き合っているのです。

 命をかけた彼らの解放闘争を縦糸に、褐色の肌をし、東洋人のような切れ長の目をした彼/彼女らグリクワ民族の歴史を横糸にして織りなされる繊細かつあざやかな、じつにスリリングな物語です。乞うご期待!

2011/06/06

はっとした文章

今日、あるブログで知ったサイトで読んだ文章です。はっとしました。まがりなりにも、かつてアミラ・ハスを訳した者として。
 メディア情報を一面的に見ていては、判断を誤る典型的な例です。

2011/06/02

岬をまわり、橋をわたる/放射能時代の食生活

 ちょっとお休みしていた「水牛」に詩を書きました。「岬をまわり、橋をわたる

 そうそう、今月の「水牛」には森下ヒバリさんの「放射能時代の食生活2」という文章があって、さすがヒバリさん! 「アジアのごはん」を連載してきた彼女が、いまとっても必要な情報をコンパクトにまとめてくれました。
 野菜のこと、海藻や魚介類のこと、どうしたら放射能物質を避けることができるか、なにをめやすに食べ物を選び、生活をすればいいか。参考となる書籍も紹介されています。
 
 政府などが発表する「基準値」なるものは、影響を受ける個体差がまったく考慮されていない数値であることを肝に銘じておかなければなりません。乳幼児もさることながら、おなじ大人でも敏感に反応する体質の人(一派には虚弱といわれます)と鈍い人(頑強と呼ばれます)では、影響に大きな差があります。
 もちろん放射能による影響も、この感度の鋭い人から先に出ます。つまり細胞が傷ついて、まず体調不良になる、具合がわるくなる、10年以上経過して「白血病」や「がん」になるまでに何年ものあいだ、何層にわたるグレーゾーンがあることは、基準値だけからはわからない。つまり「想定外」なのですね、いつも。こういう「統計」の非情はホントニ腹立たしく、悲しい。

 その辺の現実と統計の認識のゆがみを視覚化したものがあります。とてもわかりやすい。「現実 vs データ 卓上で希釈される放射能」というこの図解は、白か黒かという二分法がいかに暴力的な「とりあえず」であるかを語っています。「単位で白黒をつける職業も必要である反面、自然界には時間も放射能も単位は存在しません。あるのは命の循環だけです」と結ばれることばに励まされます。
        ↓
  http://e22.com/atom2/avg.htm


 さてさて、7月3日に開催される「ことばのボトラック vol.3」にむけて、着々と準備が進んでいます。
 「詩の朗読」がメインですが、ずいぶん多彩な人たちが出演してくれることになりました。入場料(ランチ付き)から経費を差し引いた金額を(出演者はノーギャラ)、震災の救援活動をしている信頼できるグループに寄付します。
 歌あり、一人芝居あり、ほかにもなにが飛び出すかちょっとわからない、わくわく、どきどきです。

 3.11のあと、時を置かずに開かれた第一回は充実したイベントでした。東京FMでも放送され、もうすぐ冊子になります。ジュンク堂池袋店9Fで13日から開かれる、大竹昭子さんの企画展「カタリココと私」で「ことばのポトラック」コーナーにならべられることになっています。詳細はまた。

 第一回から第三回へ飛びましたが、第二回もかのうよしこさんの歌がたっぷり聴けるすてきなイベントです。
 これも見逃せない、いや、聞き逃せないなあ。

付記:美しい芍薬の写真は今回もまたネットから拝借しました! あしからず。