Elizabeth Costello : I believe in what does not bother to believe in me.──J. M. Coetzee

2010/05/25

アムステルダムで朗読する J・M・クッツェー

「Is dit JM Coetzee?/Is this JM Coetzee?」と銘打たれた催しが、5月13〜16日、アムステルダムで開かれた。

今年2月に70歳になったことを祝って、4日間にわたる催しを開いたのは、クッツェーの作品を出してきたオランダの出版社だ。14日のプログラムにはオランダの作家や英国から招かれたデイヴィッド・アトウェル、エレケ・ブーマーといったクッツェースポッターたちも同席して、彼の人柄や南アフリカの歴史について語ったようだ。

クッツェーは最終日の16日、最新作「Summertime」から朗読。最初にオランダ語で聴衆に語りかけてから朗読するクッツェーの姿はこちらで観ることができる──約16分。

少しだけアレンジして朗読されるのは「Summertime」の「Margot」の章で、いとこのマルゴが病気になった母親をノーザンケープから救急車でケープタウンのフローテ・スキュール病院まで運ぶ場面。病院で母親の容態が落ち着き、医師に休息をとるようすすめられたマルゴは、ジョンに電話をかけ、迎えにきたジョンの家にその夜は泊まる。ケープタウン郊外の、もとは農場だったトカイという地区にある彼の家は、農場労働者のコテージだったぼろ家で、それを改装しながら、父親と住んでいるようすが、マルゴの目から描かれていく。
どうしてもっといい家を買わないの? 本を書くんだ。ベストセラーを書いて、お金もたっぷり・・・と冗談めかして彼はいう。そんなふうには生まれついていないみたいだけど・・・そんな会話が夜の散歩のあいだに交わされる。

救急車に同乗して母親を看てくれたアレッタという「カラード」の看護婦、それより若い運転手のヨハンネス、この2人のてきぱきした仕事ぶりにマルゴが心のなかで感謝のことばをつぶやく場面が出てくるが、これは、作家がマルゴにいわせている作家自身のことばのように響く。

ちなみに、朗読の3分の2あたりに2度ほど、マルゴのことばとして「the Coetzees」という語が出てくる。文字通り「クッツェー家の人間」という意味だが、作家が自分のファミリーネームを公の場で口にしている貴重な音源だ。
 
アムステルダムを訪れて、比較的リラックスした表情で朗読する作家を見ていると、ある感慨を抱いてしまう。今月初旬はテキサスのオースティンでも大学院時代の思い出をスピーチをしたようだが、昨年6月のオクスフォードでの朗読の映像ともども、ネット上には出てこないのだ。

***********
付記、2012.6.22:オースティンでの映像は見ることができます。リンク先は:

http://www.utexas.edu/know/2010/05/21/nobel_laureate_coetzee/