Elizabeth Costello : I believe in what does not bother to believe in me.──J. M. Coetzee

2009/04/16

「博物館」──レイラ・アブルエラー/Leila Aboulela

スーダン出身の英語で書く作家、レイラ・アブルエラーの短篇「博物館/The Museum」を「神奈川大学評論 62号」に訳出しました。
 
 スコットランドのアバディーンを舞台に、スーダンからの留学生シャディァと、彼女が出会ったスコットランド人学生ブライアンとの淡い恋物語が描かれます。故国に裕福な実業家の婚約者がいるシャディァは、母親の強いすすめで、修士号をとるためスコットランドに留学しますが、北国の寒くて雨の多い暮らしのなかで体験する違和感や、授業についていけない焦り、孤独感に悩まされます。そんな彼女がノートを貸してもらったブライアンと初めていっしょに出かけたのが博物館でした。ところが、そこに展示されていた「アフリカ」に、ブライアンは強い関心を示しますが、シャディァはショックといたたまれなさを感じて・・・。

 アブルエラーは1964年、カイロ生まれ。母親がエジプト人、父親がスーダン人、育ったのはハルツームで、20代に英国に渡り、1990年代から作家活動に入ります。80年代にスーダン南部で石油が発見され、クーデタが起きましたが、アブルエラーの渡英はそれと無関係ではなさそうです。

 2000年の第1回ケイン賞の受賞者で、「博物館」はそのときの受賞作。ケイン賞というのは「アフリカン・ブッカー」の異名をとる、英語で書くアフリカ人作家の短篇に毎年あたえられる賞です。
 これまでに、ナイジェリア出身のヘロン・ハビラや、ケニヤ出身のビンヤヴァンガ・ワイナイナ、南アフリカ出身のメアリー・ワトスン、ヘンリエッタ・ローズ=イネスといった若手作家を輩出しています。

 今回訳出したアブルエラーの「博物館」は、その後、短篇集「Coloured Lights」に収められました。そのほかこの作家には『The Translator』、『Minaret』と長編が2作あり、いずれも高い評価をえています。(以前、このサイトでこの作家の名前を「アブーレラ」と紹介しましたが、「アブルエラー」が元のアラビア語の音に近い表記だそうです。)

 ちなみに、日本独自の短篇集として出したチママンダ・ンゴズィ・アディーチェの『アメリカにいる、きみ』(河出書房新社、2007)の表題作「You in America」は、2002年のケイン賞のショートリストに残った作品でした。

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アフリカの同時代文学では、日常を描こうとすると「政治的要素」がかならず入り込んできます。でもそれは「日本の読者にとって政治的と思える要素」といいかえる必要がありそうです。なぜなら、そこに住み暮らす人にとっては、とりわけ「政治的」とことわる必要もない、ごく日常的なものだからです。
 そういう意味で、残念ながら、日本に住み暮らす者にとって、アフリカの人々の暮らしは「情報としても」やはり「遠い」といわざるをえません。

 スーダンといえば「ダルフール」という地名を思い浮かべる人がいるかもしれませんね。「ダルフール問題」について、すっきり理解できるサイトがあるのでリンクしておきます。YOUTUBEで直接見るにはこちら

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 ☆お詫びと訂正☆ このブログ等で、これまで幾度か「ケイン賞」を「ケインズ賞」と誤表記したことがありました。ごめんなさい。正しくは「ケイン賞/Caine Prize」です。