Elizabeth Costello : I believe in what does not bother to believe in me.──J. M. Coetzee

2007/11/07

『ポイズンウッド・バイブル』

 バーバラ・キングソルヴァー(Barbara Kingsolver)はわたしの大好きな作家です。米国のベストセラー作家で、邦訳も何冊かあるのですが、どういうわけか、日本ではあまり知名度が高くありません。もったいないことです。
 ここではアフリカを舞台にした、『ポイズンウッド・バイブル』(永井喜久子訳、2001年 DHC刊)という、とても読ませる作品を紹介します。
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 舞台は中央アフリカ、時は1959年。米国南部出身のバプティスト協会牧師ネイサン・プライスが、妻と4人の娘を連れて、コンゴ川流域の村へ伝道に赴く、そこから物語ははじまる。妻のオーレアナ、15歳になる長女レイチェル、一歳年下の双子のレアとエイダ、そして幼いルース・メイ、この5人が交互に登場して、それぞれの視点と声とことばで、体験を語る形式で話は進んでいく。
 娘たちが気乗りしないアフリカ行きで、宣教師一家がたどり着いたのは、ベルギー領コンゴのキランガという村だ。「未開の人間に福音をもたらす」という「西欧的使命」をかたくなに信じる父は、村人の考えや習慣には聞く耳を持たず、自分たちの行いが、村人に災厄をもたらすことなど想像すらできない。
 家族を支配し、暴力を振るう男のもとで、食べ物さえも自力で手に入れざるをえなくなった妻や娘たちは、生き延びるために、否応なく自立の道を歩みだす。動乱のさなかに、美貌が頼りのレイチェルは、南アフリカの白人操縦士と逃亡し、気丈だがマラリアで動けなくなったレアは、愛するコンゴ人アナトールと結婚。エイダのほうは母親とアメリカに帰国して医者になり、幼いルース・メイは悲惨にも……。

 60年代のアフリカでは、民族自立の機運のもとに、続々と独立国が生まれた。旧ベルギー領コンゴも60年6月に独立し、民衆の強い支持を得て、ルムンバが首相に選ばれる。しかし、鉱山資源の豊富な南部カタンガ州が分離独立を宣言し、米政府の暗躍によってルムンバは逮捕され、虐殺される。それに続くさまざまな事情が、96年にいたるまで、モブツの完全独裁体制を許したのだ。
 そういった政治状況をきちんと書き込みながら、米国のベストセラー作家、キングソルヴァーはみごとな語り口で、コンゴという、豊かで過酷な自然と文化のなかに、身ひとつで投げ込まれた女たちの運命を、克明に描き出す。生き抜いていく女たちの語りによって姿をあらわすアフリカ、それが本書の最大の魅力となっている。
 フィクションならではの細部とリアリティーで、ふだんは遠いアフリカが、ぐんと身近に感じられること必至。とにかく読ませる。小説好きにはたまらない一冊である。
 原文で読みたい方は、こちらへ。

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付記:2001年9月、時事通信社によって配信された記事に加筆しました。
バーバラ・キングソルヴァーは、2001年秋の自国軍によるアフガニスタン攻撃に反対の声をあげた「もうひとりのバーバラ」でもあります。