E. Costello : I believe in what does not need to believe in me.──J. M. Coetzee

2018/05/22

Siete cuentos morales と『モラルの話』がいっしょに届いた!

 ピンポーンと音がして、出てみると宅配にきてくれた女性がふたつ小包を持っています。これ、まちがいないでしょうか? と差し出された薄いパッケージは Amazon es に注文してあったクッツェー最新作のスペイン語訳"Siete cuentos morales"。もうひとつ、それよりやや厚めの小包が、できたてほやほやの見本版、拙訳『モラルの話』でした。


スペイン語版と日本語版が、なかよくいっしょに届いてしまった!
というわけで、さっそくならんで記念写真!


2018/05/20

2015年5月のMALBAでのクッツェー

ここ数日、2014年からはじまったクッツェーの南アメリカ諸国への探訪について調べていた。2015年のブエノスアイレスでの動画を備忘のためにここに貼り付けておく。これもまた、アナ・カズミ・スタールとの対話だ。


MALBA:2015年5月8日に公開されたもの(この動画は2015年4月7-17日「南の文学 第一回」と重なるはず)。




2018/05/14

サンドラ・シスネロス『マンゴー通り』発売です!

今朝とどいたばかりの見本 (5.15追記)
サンドラ・シスネロス『マンゴー通り、ときどきさよなら』が白水社のUブックスから可愛い本になって、5月18日に発売です。

その刊行を記念して、B&Bで6月16日(土)午後3時から、豪華ゲストを迎えてイベントをやります。

今の日本で光を放つ、移民文学の魅力

🌟ゲストは、金原瑞人さん、温又柔さん🌟

 
 あまり手を入れないつもりだったけれど、見直してちょっと赤が入ったのは「三人の姉妹」だった。主人公エスペランサの友達ルーシーの家の赤ん坊が死んでしまい、8月に吹く風といっしょにお弔いにやってきた三人のコマードレスたちが出てくる章。
 浮き世ばなれしている三人は、月のひとだったのかもしれない。ひとりはブリキ缶のような笑い声を、ひとりは猫のような目を、もうひとりは磁器のような手をしていた。そんなおば(あ)さんたちが、エスペランサに向かって、ちょっとこっちへおいで、という。チューインガムをくれて、彼女の手をじっと見るのだ。そして、この子はとっても遠くまで行くね、といった。そのおばあさんたちの口調をちょっと変えた。
 初訳は「いかにも、おばあさん」といった口調になった。訳したのは40代の半ばで、まだおばあさんではなかったから😅😊、それまで読んだ本のなかに出てきた「いかにも、おばあさん」ふうに訳した。よく考えたら、当時だって、いまだって、60歳でも70歳でも、だれもこんなふうに話をする人はいないかも、と気付いてしまった。いまや訳者も68歳、しっかりおばあさんの年齢だが、ちっともこんなしゃべりかたをしていないじゃないか。
 なぜ、「いかにも、おばあさん」口調であのとき訳したんだろ? きっと、おばあさんとはこういうもの、とそれまで読んだ本からインプットされていたのだ。どんな本かって? ちいさいころに読んだ児童文学。たぶん、翻訳された児童文学。そのなかに出てくるおばあさんに無意識に似せてしまったのかも。あるいは日本昔ばなし?

 これは、それほど昔の話ではない。つい50年ほど前のシカゴの話だ。だったらリアルに訳そう。そこで、できるだけいまの68歳がしゃべるような口調にした。でも、12歳のエスペランサにとっては、得体の知れないコマードレスたちだから、その得体の知れなさはしっかり残したい。でも、ステレオタイプはやめようと。

 その三人のコマードレスはこんなふうにいうのだ。

「出ていくときはね、……忘れずに帰ってくるんだよ。あんたのように簡単には出ていけない人たちのために」

 何度、読み直しても、訳者はここで涙ぐんでしまうのだけれど。

 

2018/05/06

第7回 CÁTEDRA COETZEE「南の文学」ラウンドテーブル

撮影:Pablo Carrera Oser
「北は、エキゾチックな味付けをしていない南のストーリーには興味をもたない」

2018年4月24日、サンマルティン大学で学生が見まもるなかで行われた第七回「南の文学」ラウンドテーブルのようすが動画になった。過去3年間に6回にわたる講義そのものは終わったが、これまでの経緯や目的などをまとめるラウンドテーブル!まず「世界を読む」プログラムのディレクター、マリオ・グレコが挨拶。参加者はアルゼンチンから3人の作家・翻訳家だ。作家・翻訳家のマリアナ・ディモポウロス、作家のペドロ・マイラルと、ファビアン・マルティネス・スィカルディ。ビデオメッセージとして出てくるニコラス・ジョーズはアデレードから、アンキー・クロッホはケープタウンからだろう。そして「南の文学」のチェア、JMクッツェーとそのコーディネーター、アナ・カズミ・スタール。
 クッツェーの発言は12分15秒あたりからで、まずスペイン語で感謝を述べ、14分10秒あたりから英語で17分ほどスピーチをする!

















 まず、これまでの6回にわたる南の文学講座の個別のテーマを振り返り、そこに招待した作家、編集者、出版者、ディレクター、シナリオライターの名前をあげていく。その果実としてアルゼンチンではオーストラリアの、オーストラリアではアルゼンチンの作家の作品が翻訳されたり、作家を招聘したりしたことも。

 クッツェーの話ががぜん面白くなるのはそこからだ。

 クッツェーはメッセージのなかで、アフリカの架空の国アシャンテを想定し、そこで起きた事件をめぐって北と南の力関係を指摘する。BBCやCNNといった北のジャーナリズムが派遣する特派員のリポートと現地のジャーナリストが発するテクストの違い、北と南のそれぞれ個別の事情をめぐる言語化の例をあげて、北と南をめぐるパラダイムを可視化しようとするのだ。たとえば現地記者のリポートは現地の細かな情報をふんだんに盛るが、北側の視聴者はそんな詳細には興味はない。文学も似ていて、北が南の物語を決めるとすればそれは南とは無縁の物語となる。翻訳またしかりで、南の文学が北で翻訳されて出版されると、編集者がここで読者を獲得できると感じるものによって、結果は南とは無縁のものとなる南アフリカやオーストラリアの作家の書くものでどこが面白いか、その評価を最終的に定めるのはロンドンとニューヨークなのだと述べる。(付記:しかしアシャンテ国内のメディアが統制されているとき、全体像を知るためには北のメディアにアプローチせざるを得ない状況があるとしたら、、、と視点の転換をうながして考えることをクッツェーは忘れません。)(これらはあくまで筆者のおおまかな、それもごく一部分のまとめですのであしからず。)

 アルゼンチンのスペイン語文学については、英語圏ほど北との緊密なつながりがないと。そこにクッツェーは希望を見つけようとしているのだろうか。これは巷でかしましく論じられる「世界文学」がどういう指向性をもっているか、もっと俯瞰して再考をうながす視点だと思う。これまでの講義は、北のメトロポリスを介さず、南と南が直接触れ合うことで実施された、そのことの意味を考える。南の地域は北側と動物相や植物相が異なるだけでなく、共通するのは植民地化の歴史と文化であり、無人と北がみなした土地であり、、、

 クッツェーは自分が「グローバル・サウス」という言い方をしないことに注目してほしいと述べる。北はそう呼ぶことで南の抽象的なストーリーを作りあげる。すこしだけエキゾチックなテイストを加味した作品をよしとして、北の読者が満足しそうなストーリーを出版する。南の作家は、どうしたら北側に受け入れられるかを考えて、その門をくぐるためにエキゾチシズムを含めて書くようになってしまう。
 そんなふうにロンドンやニューヨークの出版社が指導権を握るあり方をクッツェーは根底的に批判し、自分たちを中心に考えてまったく疑わない北側のヘゲモニーへの抵抗を宣言する。そして、北を介さずに南どうしがやりとりする場を3年にわたってアルゼンチンで設ける試みをしたのだ。
 これは英語をめぐる1月末の「カルタヘナでのスピーチ」と対をなすものだろう。

 北側の覇権に抵抗する具体的行動として、クッツェーは自分の最新作を、英語ではなく、まずスペイン語でSiete cuentos morales として出した。日本語でも5月31日に『モラルの話』(人文書院)として出る。(編集担当者Aさんと訳者が、がんばりました。)

 結果として、そこでまた大きな宿題を抱え込むことになったが。およそ「モラル」と呼べる社会規範を支える言語体系の根幹にひびが入ってしまったかに見えるこの日本語社会で、この日本語の『モラルの話』がどのような意味をもつか、ということだが、それはまた別の機会に。

2018/05/01

ジョン・クッツェーとポール・オースターがふたたび

昨日、4月30日にブエノスアイレスのMALBAで、J・M・クッツェー、ポール・オースター、そしてソレダード・コンスタンティーニとアナ・カズミ・スタールが舞台に。早々と動画がアップされたので、シェアします! よく響くオースターの低い声に、ひかえ目でハスキーなクッツェーの声。



 アルゼンチンとの関わりから始まる一般的な話題、そしてドキュメンタリー、映画、音楽などにふれながら、友情についてと話は進みます。とりわけオースターとクッツェーがやりとりした手紙で構成された『ヒア・アンド・ナウ』の内容に少し突っ込んだ質問が出てきて、率直なやりとりがありますが、どこか知ってる話だなあとも。
スタールがジョンに英語について質問します──手紙を書いているときも英語は自分の言語ではないような気がしますか? それに対してクッツェーは自分の英語との関係はどんどんアンハッピーなものになっていく。オースターはどうか、という質問に、延々と英語の歴史を語るオースター。自分はラッキーだったと最後にまとめる。
 話題はもっぱら二人の往復書簡から、ですね。全体に、カテドラ・クッツェーの発表時の緊張感にくらべると、なんともゆるい会話(笑)。

2018/04/29

ノーベル文学賞についてクッツェーが語る

昨年11月23日、アデレード大学でJ・M・クッツェーが「ノーベル文学賞」について話をした動画です。化学の分野での先駆的な活躍にとどまらず、アルフレッド・ノーベルは文学などにも造詣が深かった。出版されなかったけれど、自分でも作品を書いていたそうです。ノーベルが嫌いな作家がエミール・ゾラだったというのは面白い。




2018/04/27

よみがえる『マンゴー通り、ときどきさよなら』by サンドラ・シスネロス

サンドラ・シスネロスの『マンゴー通り、ときどきさよなら』が、白水社のUブックスに入ることになりました。この本については、ちょうど2年前にここに書きました。

 長いあいだ古書しかない状態だったのが、ついにリニューアルされて書店の棚にならびます。5月18日発売です。あら、もう1カ月を切っているんですね。

 帯には金原瑞人さんのことばが! Merci!
 そして解説は、温又柔さん! Gracias!
 そして、そして表紙の絵は沢田としきさん💦!!

 帯のことばを見て、ああ、この本の舞台になったシカゴにあるマンゴー通りの暮らしは、ちょうど半世紀ほど前のことだったのか、としみじみしてしまいました。そう、半世紀前のサンドラにしてエスペランサの暮らしが、生き生きとよみがえったのです。この日本で。

 訳者も、ちょうど半世紀前に北海道から東京へ、移民ならぬ移動をしてきました。なんだかこれは、とても偶然の一致とは思えない。エスペランサと訳者の名前の重なりもまた。

 みなさん、マンゴー通りのエスペランサを、どうぞよろしく!